臨床と研究の狭間空間

整形外科医で某国立大学の大学院で研究をしています。大学院生という立場からのブログです。

前十字靭帯損傷

 
今回は自分で描いているオリジナルマンガ整形外科医!外形 整!の第8話で触れた前十字靭帯損傷(以下ACL損傷)について解説したいと思います。
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赤印がACLです※[ネッター解剖学図譜]より抜粋
 
ACLの役割は?
ACLは膝関節の顆間部に存在しています。
後十字靭帯(PCL)が内顆前方から脛骨後方に走行していますが、ACLは外顆やや後方から脛骨前方にPCLと交差するように走行しています。
ACLとPCLが交差しているので十字靭帯という名称なんですね。
靭帯の役割は膝関節の制動ですが、ACLは主に脛骨が前方にズレることを防ぎ、多少の回旋の制動もしています。
 
どういった時に損傷するのか?
膝関節が内側に入ったりした時の外反強制で発生が多いと言われています。通称Knee-in-toe-outと呼ばれています。
世界で最も有名なACL損傷の動画と言われているのが元イングランド代表、ワンダーボーイと言われたマイケル・オーウェンの受傷シーンです
過剰なストレスが加わることで靭帯が断裂してしまうのです。
多いのはサッカーやバスケットボールのような切り替えし動作の多いスポーツ、バレーや体操競技などでの着地動作、スキーでの転倒などが典型的です。
 
損傷するとどうなるか?
靭帯から出血する為、膝周囲が腫れます。また、受傷直後は痛みがあります。
時間が経過すると腫脹や疼痛が軽減し、普通に生活できるようになってきます。
しかし、ACLは脛骨の前方移動を制御している為、靭帯損傷でACLが効かなくなると脛骨の前方不安定性が生じます。
この前方不安定性がやっかいで、スポーツをするような活動性の高い人がこれを放置していると諸般の問題が起こります。
それが続発性の半月板損傷や軟骨損傷です。
今まで膝を支えていた物が無くなるので他の部位に負荷がかかり、悪くしてしまうのですね。
半月板や軟骨が痛むと現代医学では再生させることはまだ困難であり、徐々に悪化していきます。
つまり変形性膝関節症で膝を痛めてしまう変化が早く生じてしまうわけです。つまり外傷後膝関節症というものになります。
ここまで読んで分かるかもしれませんが、しっかりとした初期の診断が重要です。
膝関節診療をしていると時々、「整形外科」と標榜しているクリニックに受診したものの、膝の捻挫だと言われて見逃されていることがあります。
一般の方はご存知無いと思いますが、医師は開業の際にどの科の標榜をしても良いことになっているので、元は消化器外科などを専門にしていた医師が「まぁ整形外科も標榜した方が患者が来るだろう」と副科として標榜していることがあります。
そういった時にACL損傷が良く見逃されてしまい、若くして膝関節軟骨が破壊されてしまう悲惨なケースを診ると膝関節外科医としては心苦しくなります。
標榜科で判断できないなんて一般人には分からない!という声が聞こえてくるかと思います。
見分ける方法は一つ、整形外科専門医であるかという事はある一定の基準と思ってもらっていいかと思います。
また、スポーツをしない人でも歩行時に膝が抜けるようなガクッという感覚を訴える方もいます。我々はそれをgiving wayと呼んでいます。
 
治療は?
現在は、若年のACL損傷は基本的に手術が推奨されています。上記のように後の軟骨損傷を予防する為です。
関節鏡視下靭帯再建術という手術が適応になります。
ある程度のことはオリジナルマンガ整形外科医!外形 整!第8話後編で描写しているので、そちらを見てもらえるとイメージがつきやすいかと思います。
同時に半月板損傷もあるようなら半月板縫合術なども一緒に行います。
手術の後には長期間のリハビリテーションが必要です。
靭帯の生着・成熟の関係で一般的にスポーツ復帰までは8~10か月の期間が必要となります。
手術をしない場合があるのか?
靭帯断裂があっても膝の不安定性が強くない例、比較的年齢が高い場合は手術をしないケースもあります。
年齢が高いとはどれくらいかと聞かれるとなかなか線引きが難しいところもありますが、ご本人の活動性や体重なども考慮して決めることがあります。
 
いかがでしょうか。悲医療者の方向けになるべく簡易な説明を心がけたつもりです。
とにかく大事なことは整形外科医の診察を受けて欲しいということです!