みなさんこんにちは。鋼の整形外科医です。
以前に記載した記事で、変形性膝関節症の保存的治療について説明しました。
今回は保存的治療に抵抗性の場合に行う方法、手術治療について書きたいと思います。
手術する適応は?
手術の適応は人により様々です。1番の基準は「保存的加療をしているが、今よりも痛みを減らして生活したい」とご本人が希望するかどうかだと思います。
痛みの感じ方は人それぞれで、同じような痛み刺激を受けても割と我慢できるからとそのまま生活している方もいれば、採血で注射針を刺された時に大騒ぎする方もいます。
一般的に日本人は我慢強いと言われているので、諸外国に比べると関節の破壊が進むまで保存的治療を頑張る人が多いようです。
その我慢強い変形性膝関節症患者の方が「保存的治療しても感じる痛み」が強くなってきて「手術を受けてなんとか良くしたい」という想いが「手術なんて受けたくない」という考えよりも強くなった時に、我々整形外科医の強みである手術治療の出番です。
どういった手術治療があるか?
実は何パターンかの手術の方法があり、「この手術がNo.1!」と必ずしも言えるわけではありません。
モチロン、術者によって得意な手術の傾向もあるので「こちらの方がオススメです」という意見が別の病院では違うこともあります。
そういう場合はそれぞれの病院でセカンドオピニオンを聞いたり、このブログの情報を参考にして、自分にあった手術治療を選択してみるのがいいのではないでしょうか。
それがインターネットで情報を取捨選択でき、インフォームドコンセントを最大限利用できる現代社会の医療の特徴になってきています。
①人工膝関節全置換術(以下TKA)
現在の変形性膝関節症治療で押しも押されもせぬ主役を担っています。
大腿骨(太もも)、脛骨(スネ)と、必要あれば膝蓋骨(お皿)の裏側の磨耗した関節面を切除し、人工物に置換する手術です。
使われている素材はメーカーや商品によって多少異なりますが、チタン合金やコバルトクロムなどの金属部分と、ポリエチレン素材が中心です。
TKAの最大の利点は術後成績の安定性です。
疼痛の改善を目的とした場合、最も信頼がおける手術と言っていいかと思います。
一般的に8割ほどの方が術後経過良好で疼痛の改善に満足が得られると言われています。
また、変形が高度の場合にはTKAでしか対応できないことも多くあります。
「じゃあ全部TKAでいいじゃん!」という声もごもっともだと思います。今ほど手術治療に選択肢が無かった時は本当にそうだったハズです。
ではTKAが他の手術と比較して見劣りする点は何か?
・手術侵襲の大きさ
医療従事者でなければパッとイメージがつかないかもしれません。
要するに体への負担と読んでもらえばいいかと思います。
関節を全部置換するということは、大腿骨側と脛骨側、更に膝蓋骨も切除する為、最も骨を切る量が多いです。
当然、骨を切る量が多ければ皮膚の切開も大きくしなければなりません。
また出血量も多い為、輸血の準備なども必要になることがあります。
つまり変形性膝関節症治療のリーサルウェポンです。
・耐用年数
手術適応を決める際に、我々は患者さんの年齢を考慮して選択します。
一般的に耐用年数を20年ほどと想定している為、60代半ばなら「まぁTKAを受けてもらっていいかな」
70代前半は日本人の平均寿命やご本人の体力的なことを考えると、1番手術を受け頃な年齢ではないかと思います。
逆に言うと、60歳よりも若いよう人の場合はTKAの適応については少し検討が必要になり、別の手術で対応できる方法を探します。
・合併症
どんな手術でも何%かの確率で合併症のリスクがあります。こればかりはどれほど手術が上手い術者でも避けることができません。
TKAの合併症で代表的なものは人工関節感染、人工関節の緩みなどが挙げられます。
人工関節には血流が無い為、細菌感染に非常に脆い弱点があります。我々整形外科医は全力で感染予防を行なっていますが、どうしても数%の方が不幸にも感染が生じてしまうことがあり、感染の制御に非常に苦労することが多いです。
先ほどの耐用年数の話ともオーバーラップしますが、靭帯のバランス不良などにより早期に人工関節が緩んでくることがあり人工関節の入れ替え手術が必要にます。また、それと同じく感染により緩んだ場合にも人工関節の入れ替えが必要です。
こういった事をたくさん書くとTKAが非常に恐ろしい手術のように見えるかもしれませんが、医療というものは「悪いことが起こることを常に想定している」為、数%の合併症もこうやって説明する必要があります。
現在の日本はゼロリスク思考の傾向があり、ほんの少しでも合併症がある可能性があれば避けることがありますが、TKAは世界的にも有効性の認められている治療です。
末期変形性膝関節症の方には非常に良い治療であることは間違いありません。
主治医から勧められた時は関節症の進行が末期である可能性がある為、一度セカンドオピニオンを聞きに行ったりして検討してもらうのがいいかもしれません。
その場合は、主治医から紹介状と画像データなどをもらってセカンドオピニオンとして受診しましょう。
「主治医には言わずに来ちゃいました(テヘペロ」はやめましょう!
②人工膝関節単顆置換術(以下UKA)
TKAの縮小版と考えて貰えばいいかと思います。
大腿骨の関節面は内顆と外顆で荷重を支えますが、読んで字の如く、全部置換するTKAに対して片方の顆部のみを置換するのがUKAです。
メリットは手術侵襲の少なさ、将来的にUKAが破綻した時にTKAに入れ替えるという手段も可能ということなどが挙げられます。
対してデメリットはと言うと、一般的に変形性膝関節症は内側の関節から破綻してくることが多く、UKAでは内側の置換を行うことが殆どですが、外側関節軟骨や膝蓋骨の軟骨に磨耗が強い場合、そこの疼痛が残存してしまう為、症状の改善が今ひとつになってしまうことがあります。
また、変形が高度な場合には対応が困難であることも挙げられます。
無理に変形が強い症例にUKAを行うと早期の人工関節の緩みに繋がることがあり再手術が必要となってしまいます。
我慢の末に手術を決める方が多い為、手術の頃にはUKAの適応を通り過ぎてTKAが必要である方が多いですが、主治医からUKAを勧められた場合は変形の程度がそれほどひどくない可能性があるので、検討してもらうのがいいと思います。
③骨切り術(以下AKO)
近年、術式が増えてきて適応が拡がってきている方法です。
簡単に言うと「変形してきた骨の角度を変えてやって荷重軸をズラしてやる手術」です。
え?簡単じゃないって?
解説しますと、先程も述べたように変形性膝関節症は内側の関節面から破綻してくることが多いです。
そうすると、徐々に内側の関節が狭くなりO脚が進んでいきます。
O脚が進むと荷重軸が内側に移動してくるので、更に内側の関節にかかる荷重が増え、内側関節部分の磨耗がより進んでいくという負のスパイラルが生じます。
このスパイラルを止めてやるのがAKOです。
骨を切って角度を変えてやることで内側にズレてしまった荷重軸を外側に戻してやるということです。
適応は今のところ諸説ありますが、自分が考えるAKOの良い適応の方は「自分の骨、軟骨でなるべく生活したい。スポーツなど活動も続けたい」という活動性が高めの方かと考えます。
耐用年数の関係もあり、人工関節系の手術は術後に思いっきり跳んだり走ったりをされると人工関節の寿命を短くする可能性が少なからずあります。
その、AKOの場合は関節部分は手術でイジっていない為、これまで通りスポーツなどして、本格的に悪くなってしまったら後に人工関節で治療するというtime saving的治療としても優秀な手術だと思います。
「そんな、後で手術受けるのにAKOって必要あるの?」と思うかもしれません。
しかし50歳や60歳くらいの方で膝痛の為にスポーツを諦めている方が、この手術でまたスポーツができるようになることは多いです。この年齢の頃に運動習慣を保てるということは好きなことができるという点でQOLに直結しますし、何より健康に問題が出てくる時期なので内科的な面からも利点があります。
運動をやめて激太りしてしまうと、当然膝の負担も増えてしまいますしね。
50歳代や60歳代を健康的に過ごすという面で最も良い手術だと考えます。
手術の方法も、脛骨を矯正する方法も種類があり、大腿骨も矯正する方法を組み合わせたり等、様々な方法が開発されています。
この手術の適応外なのは、明らかに関節面の変性が高度の症例ですね。角度を少々変えてももうダメだという方です。
その場合は人工関節手術の適応となってきます。
また、AKOは大腿四頭筋の筋肉量が少なかったり、膝蓋骨軟骨の磨耗が強かったりすると、疼痛が残存しやすいということが報告されています。
適応については主治医と相談してみてください。
④関節鏡視下滑膜切除術
いわゆる膝のお掃除的な手術です。
小さな切開でカメラを関節内に挿入し、炎症の起こっている滑膜組織や、磨耗した半月板などを切除する方法です。
利点は手術侵襲が最も少ないということです。
しかし残念ながら術後成績が安定しない、つまり効果が不確実なことが欠点です。
痛みの原因が磨耗した半月板だったりすると割と症状が取れることがありますが、半月板は膝のクッションである為、切除してしばらくすると、今度は軟骨部分の負担が増えて痛みが出てくることがあります。
近年はこの手術単独で治療するということは減ってきている印象ですが、代わりに他の手技と組み合わせて行なっていることもあります。
⑤関節鏡視下半月板縫合術+AKO
変形性膝関節症が進行していく過程で、内側の関節のクッション材である内側半月板も少しずつ磨耗して傷が入っていきます。
完全に磨耗での変性の場合、縫合して修復することは難しいですが、縫合することができる断裂だった場合に関節鏡視下半月板縫合術を行います。
しかし、もともと内側半月板に負担がかかっている人の大半がO脚の傾向にあり、そのO脚を残したままだとまた内側半月板に負担がかかって再断裂を生じる可能性が高いのです。
察しが良い方はもう気づいてきているかもしれません。
再断裂を予防するためにAKOを同時に行なって、荷重軸を外側にズラすことで内側半月板の負担を減らしてやるということです。
半月板自体が修復できてO脚変形がある人が適応となりますので、これの手術を受けれる方はある程度限られてきます。
当然ながら関節鏡の手術である為、④の滑膜切除も一緒に行います。
如何でしょうか?
ようやくまともに膝関節外科医っぽい記事を書きました笑
もしご家族、親族の方で整形外科医から変形性膝関節症に対する手術を勧められている方がいれば、この記事を参考にしつつ主治医と相談してもらえたら幸いです。