臨床と研究の狭間空間

整形外科医で某国立大学の大学院で研究をしています。大学院生という立場からのブログです。

若手医師とキャリア

2019-06-10記載
 
どうもおはようございます。鋼の整形外科医です。
Twitterアカウントでフォローしていただいていても「実は鋼の整形外科医ってどんなヤツかよく分かってない・・・」
という認識の方もいるかもしれません。
自分は、とある田舎県のそこそこな街で高校生時代まで過ごしました。
だいたい人口30万人ほどの市で、田んぼもあれば百貨店もあるというほどほどの田舎です。
1年間の浪人生活を経て、更に田舎の県庁所在地に転居しました。
そう、ギリギリの成績でしたがなんとか地方の駅弁大学医学部に入学できました!バンザーイ\(^o^)/
大学時代は趣味にほとんどの時間を費やしており、大半は部活動ばかり・・・
無事に留年や国試浪人などすることなく、ストレートで医師免許を取得でき、地元である田舎県のそこそこな街に初期臨床研修医として戻ることにしました。
非医療者の方々からは「お医者さんの勤務先ってどう決めてるの?」
白い巨塔みたいに教授が全部決めるんでしょ?」
とよく言われます。
世間の認識がブレているのは、以前の制度と変わったんです。
以前は医師免許を取得(正確には合格発表がされる前に)した時に
「〇〇大学▲▲科に入局します!」
と表明して、内科なら内科。外科なら外科の仕事を大学病院で開始する制度でした。
臨床研修制度が始まってからは、医学生は就職したい病院へ自由に見学に行き、マッチング試験という
昔で言う巨大なネルトンシステムのような、今で言うマッチングアプリに登録します。
この辺りの話はまた後日書きます。
自分は無事、第一志望である地元の中核病院に就職でき、2年間の初期臨床研修を経た後、その病院の整形外科で後期研修をすることしました。
卒後1~2年目の医師を初期研修医(いわゆる研修医)
卒後3~5年目の専門科に進んだ医師を後期研修医(いわゆる専攻医)と呼びます。
後期研修医からは働き方がかなり多岐に分かれます。
自分は割と、メインストリームに乗っかった感じで、後期研修医として地元の病院に残る際に、この地方の医局に入局し、外傷治療を中心に勤務医を数年間した後に大学院に入学したという流れです。
この流れは我々の医局ではメインというだけであり、他の医局では割とまちまちです。
卒後10年目に大学院へ入学、1年間は社会人大学院生として外病院で働き、現在の大学院生活に至ります。
現在、持っている医療関係資格としては
医師免許
整形外科専門医
日整会スポーツ医
日本スポーツ協会公認スポーツ医 になります。
現在所属している大学院では膝・肩疾患を扱うグループに所属しており、今後のキャリアとしては膝・肩の専門性を高めていく予定です。
幸運なことに自分としては今までのキャリアとしては不満が無く、非常に良い勉強をさせてもらいながら働きやすい環境を提供してもらったと思っています。
この点では医局に所属していて良かったと思います。
そう、自分はネットでは少数派かもしれない医局肯定派です
ただ、医局人事というものはタイミングがかなり大きなウェイトを占める為、希望の勤務をなかなかできない人も少なからずいます。
またいつかこういった点も、研修医の先生や若手医師向けに記載できればと思っています!
今回は自分の医師としての自己紹介を中心に書きました。
当ブログは医療情報を書いたり、医師キャリアや今後の身の振り方などを思いついたまま書いていくつもりです。
みなさんよろしくお願いします!